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完璧ですね これはいただけません

🌼

どこに書いていいかわからなかったけれど

どうしても書きたくて。

久しぶりにこの場を使ってみる。


1年前の今ごろは

「自分の全てを捧げていい」とか

「この人に出会うために生まれてきた」とか

そう思える男の人がいて

その人と幸せ絶頂の旅行に行ってたなぁ。


恥ずかしくて言いたくなかったけど、

本当にわたしはその人が好きで、

心の底からあいしていて、

彼もわたしに「愛してる」って

言ってくれた。はじめて言ってくれた。


だからわたしは

この人が最後の人だと思った。

心の底から思った。何も疑いはなかった。


でもその数ヶ月後に見事に振られ、

一生会うことはなくなってしまったんだけど。


まあそんな幸せ絶頂の旅行から1年後、

いまは別の人と付き合っていて

たまたまお泊まりすることになり

「ああ、もう1年経つんだなあ」って

しみじみしていたんだけれど


まさか今の彼から「愛してる」なんて

そんな言葉を聞くなんて全く思っていなかった。

聞こえた瞬間もう止められなかった。

ボロボロ泣いたし全力で抱きついた。


1年前に心の底からあいしていてた人に

言われた言葉を別の人から、

しかも紆余曲折あった今の彼から

言われるなんて想像もしてなくて余計に

驚きと、信じられない気持ちと、

そして何より嬉しさが込み上げてきて

声を出して泣いた。


「なんで泣いてるの?泣かないで」て聞くから

「だってうれしいから」って言ったら

「喜んでくれてありがとう」って

そんなことまで言われてしまって、

わたし、この人に好かれてるんだなって

本当によくわかった。

そしてわたしもこの人のこと

ちゃんと好きになれたなってよくわかった。


彼が最後の人になるかは

正直わからないけれど、いまのわたしは

彼が最後になればいいなって

そう思ってるくらいには好きなんだ。

はずかし。

huckleberryfieldsforever

さびしさなんてどうせちょっとうれしいことがあれば蒸発してしまう揮発性の感情で、それをわざわざ恨みとか自己嫌悪なんかのめんどくさいものに加工する必要はない。

今でもときどきさびしさの波のようなものは訪れるけど、別におそれるようなものではなくて、そういうときもあるわね、というぐらいで、おおむね楽しくやれています。

なりたかった状態に自分を持っていけたことは、うれしかったし、安心した。

それで今になって思うのは、かつてさびしさに無縁で幸福そうに見えたあの人たちにも、きっとさびしさの波は訪れていたのだろうということです。

決して、わたしだけがさびしかったわけではないのだと。

ただ、彼らはさびしさを正しく運用していただけなんだ。

それだけのことなんだ。

大人なんてさびしくて当たり前で、でもそれはただ優しさを指向する力で、だれのせいでもなくて、みじめに感じることもなくて、その力にさからわずに、惹かれるままに、自分のさがしているものを見つければいい。

会いたい人には会いたいといって、いきたいところには素直にとびこんで、泣きたいときには思いっきり泣いて、さびしさでいろんなものとつながっていけばいい。

わたしはこれからもきっとさびしい。

でもそれでいい。

出典: d.hatena.ne.jp
mmgen
「物事をマイナス方向にばっかり考えたり被害妄想が強い人って、自分にすごく厳しい人なんだって。
自分が傷ついても、他人を庇ってしまって自分の中にどうしても原因を探す。それって、すごくエネルギーが要るし。
そういう人はね、本当はすごく優しい人なんだって」